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小話その32(宿屋かたき)[ホテルの遮音性能]
 大阪・日本橋は電気商品・パソコンを売っている店が並んでいますが、昔は多く宿屋があったんだそうで、そのころのお噺です。
 日本橋の宿屋にお侍がやってきまして……、
武士「(番頭の)伊八とやら、その方に一分やったは他のことでもないが。夜前(やぜん)は泉州岸和田、岡部美濃之守の領分で浪速屋という宿屋で泊まりおったが、間狭い(ませばい)宿屋で。また雑魚(じゃこ)もモーゾーも一緒に寝かしよって、誠に困りよった。巡礼が泊まって、ナンジャコー詠歌を唱えるやら、相撲取りが泊まって歯ぎしりを噛むやら、若夫婦が泊まって、いちゃいちゃと、昨夜は夜通し寝かしおらんのじゃ。もう誠に往生致しておる。今夜一分やったは他のこっちゃない。間(ま)は狭(せぼ)うても構わんが、なるべく静かな間ぁい寝さしてもらいたいと思うが」と頼んで四畳半の部屋に通されます。
 しかし、間の悪いことに隣に入ったのが、伊勢帰りの若い男の三人連れ。最初は、飯盛り女をあげてのドンチャンさわぎ。伊八に「その方に一分やったときに何と申した。夜前は泉州岸和田、岡部美濃之守の領分で……、も構わんが、なるべく静かな間ぁい寝さしてもらいたいと思う、と言ったではないか」と一分をやったときの台詞を再現します。隣り場屋への伊八の説得で収まったと思ったら、相撲を取り始めてドスン・バタン。同じ状況が繰り返され収まります。それではと三人組、色事の話だったら静かに出来るだろうと、喜公が色事話を始めるのですが、噺は意外な展開へ、……。
 この色濃い大阪弁、初代桂春団治さんの速記より引用しています。大正・昭和初期の大阪弁をお楽しみ下さい。

 さて、この武士ではありませんが、旅先ではゆっくり寝たいものです。私事ですが、かつて母校近くのホテルで宿泊した折り、最上階のディスコ(クラブ)からの固体音が何階も離れた私の部屋にも大きく響いていたことがありました。フロントの苦情を言ったら、「12時には終わりますから」とケンもほろろに電話を切られました。数年後にはホテル自体も営業を止めていましたが、ディスコからの固体音も一因だったかもしれません。このときの固体音は、きっとスピーカの振動が壁・天井・床のどれかに直接伝播していたものと思われます。いわゆる、"縁切り"をしていれば、苦情も少なかったと思います。
 ホテルの客室に必要とされる音響性能は、集合住宅とよく比較されています。相違点は、ホテルでは宿泊することだけが目的ではなく、利便性とか宿泊費等が影響したり、滞在が短期間であることが違います。が、現状をみると、ホテルの遮音性能は集合住宅と同等の基準を設定することが必要になってきているようです。
 私のホテルの利用方法は、外で飲んでホテルでは寝るだけばかりなので、ディスコからの固体音は別として、快適に過ごしています。

参考、1)東使英夫編、初代桂春団治落語集、(2004.9、講談社)
   2)日本建築学会編、建築物の遮音性能基準と設計指針[第二版]、(1997.12、技報堂)

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小話その31(二階ぞめき)[木造の重量床衝撃音]
 ぞめき。今の世の中では全くと言っていいほど使いませんねえ。遊郭などで遊ばないでひやかしに歩くことを言うようです。江戸落語です。
 さて、この噺の主人公は、大店の若旦那。せっせ、せっせと夜分に吉原に通うのを見かねた番頭が若旦那へ、、、

番頭 "それなら女を身請けしてどこぞへ置いといて、それで内緒で昼間逢ったらどうです"。
若旦那"おれァね、あの吉原の気分てぇものが好きなんだ。"
番頭 "するとあなた何ですか。ただひやかしているのが好きなんですか。"
若旦那"そう。だから女を連れてきたっていけねぇんだ。吉原を家に持ってきてくれりゃ
   でかけねぇ。"

 ということで、お店の二階に吉原を作ってもらって二階でひやかすことになりました(へんな話)。
 若旦那、わざわざ着替えて、ほっかぶりまでして、二階へ行きますと、流石腕のいい棟梁に頼んだだけあって、若旦那の喜ぶまいことか。
 この後は、若旦那の妄想の世界が繰り広げられ("湯や番"など落語ではよくありますねえ)、挙げ句は、仮想の"店の若い者"と取っ組み合いのドスン・バタンの喧嘩を始めます。
 階下では旦那、"あのバカ。おい、定や、定吉。二階へ行って、倅にそういいな、エエッ、大きな声出すんじゃねって"、と定吉を二階へ行かせます。、、、、、、、、、

 木造家屋でドスン、バタン。住宅の性能評価には"軽量床衝撃音"と"重量床衝撃音"があります。軽量床衝撃音は、タッピングマシンを使って測定します。その名のとおり、靴音(タップ)のカタコト、カタコトのような衝撃を想定しています。一方、重量床衝撃音は、タイヤを使って測定します。子供が椅子から飛び降りたときを想定しているようです。"二階ぞめき"のドスン、バタンは重量床衝撃音になります。
 コンクリート造のマンションのような建築仕様では、軽量床衝撃音・重量床衝撃音が指示されていて、竣工検査で床衝撃音を測定・評価することがあります。また、衝撃音の予測方法の研究も進んでいます。
 日本建築学会の基準では下記のようになっています。

表A.2  床衝撃音レベルに関する適用等級
建築物 室用途 部位 衝撃音 適用等級
特級 1級 2級 3級
集合住宅 居室 隣戸間界床 重量衝撃音 L-45 L-50 L-55 L-60,L-65*
軽量衝撃音 L-40 L-45 L-55 L-60
ホ テ ル 客室 客室間界床 重量衝撃音 L-45 L-50 L-55 L-60
軽量衝撃音 L-40 L-45 L-50 L-55
学  校 普通教室 教室間界床 重量衝撃音 L-50 L-55 L-60 L-65
軽量衝撃音
*木造、軽量鉄骨造またはこれに類する構造の集合住宅に適用する。


表A.4 適用等級の意味
適用等級 遮音性能の水準 性能水準の説明
特 級 遮音性能上とくにすぐれている 特別に高い性能が要求された場合の性能水準
1 級 遮音性能上すぐれている 建築学会が推奨する好ましい性能水準
2 級 遮音性能上標準的である 一般的な性能水準
3 級 遮音性能上やや劣る やむを得ない場合に許容される性能水準



 私たちの会社では、床衝撃音・戸境の遮音性能等の音響測定を行っています。マンション竣工検査に伴う測定がほとんどです。
 一般に、軽量床衝撃音の性能は床表面の素材に大きな影響をうけます。床を絨毯からフローリングに変えたら階下から苦情が出た、ということも起こります。
 重量床衝撃音は床の剛性、剛性と関連した床の重さに大きな影響をうけます。すなわち、重量床衝撃音の性能は構造上、コンクリート造建物よりどうしても木造家屋では悪くなります。
 ただ、木造家屋は一階と二階が同一世帯ということが多く、多少性能が悪くとも、実生活では、(二階の子供に対し)"うるさい"と言えばよく、問題が顕在化しないことが多いようです。
 ですから、木造家屋の竣工検査もほとんどないのですが、最近木造家屋の重量床衝撃音を測定する機会がありました。L-65等級でした。表では3級です。しかし、3級にするのが現場では大変だったようです。

 私の家は木造三階建て・建築後10年弱です。設計士さんは阪神淡路大震災のときに西宮在住の方で、過剰設計と思われるほど耐震設計に随分気を遣って頂きました。
 では、私の家の重量床衝撃音の性能はどれほどか?。きっと、自慢できるぐらいに違いない。ちょっと、測ってみよう。と"二階・長男の部屋(洋室6畳)"から"一階・客室(和室4.5畳+押入・床の間)"に対し測定しました。その結果は、L-70です。あれっ、3級にもなりません、ガックリ。
 実際には一階にいて二階のドスン、バタンが気になりません。今春高校を卒業した長男も、いつのまにかドスン、バタンをしなくなったんですねえ。当たり前か。
 木造家屋の重量床衝撃音の性能がL-65を満足させることは難しいことがわかった次第です。

参考、1)滝田ゆう、滝田ゆう落語劇場、ちくま文庫(1988年)
   2)日本建築学会編、"建築物の遮音性能基準と設計指針"、(技報堂、1997年)

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