小話目次へ戻る
 トップページへ戻る
小話その30(色事根問)[ハイパー・ソニック]
 例によって頼りない男がご隠居に、「女子(おなご)の出来るええ方法はおまへんやろか」と聞くところから噺が始まります。

 ご隠居曰く「ええことが言うたある、一見栄、二男、三金、四芸、五せい、六おぼこ、七台詞、八力、九肝、十評判てなことが言うたあるな」とこの後、これらを詳述します。

 一見栄:人間は見栄、形が肝心、風采(ふう)でも小ざっぱりした風采しててみ、あの人は
   なかなか身ぎれいな人や、甲斐性者やてなことから、女子はんがちょっと惚れるなあ。
 二男:男前。「どうです、わたいのこの顔」「顔を突き出しな、もっとそっちへやり、……」
 三金:金でまた女子はんが惚れるなあ。「金やったら、わたいちょっと貯めてまんねん、……」
   「なんぼ」「一円三十八銭」「あけへんあけへん」
 四芸:芸事や。「芸やったら三つ持ってまんねん。炬燵の櫓の上からとんぼ返り。うどんを
   鼻の穴から食べる、おいどに挟んだロウソクの火を屁で消す」「あけへん、あけへん」

 等々、女性にもてる方法についての問答が続きます。
 ちなみに、五は一生懸命さ。六はふと見せるかわいらしさ。七は交渉ができること。八は信頼される力、九は度胸、十が一番難しくて、他人からの評判、ということです。

 音響の世界におります私はここに、"ハイパーソニック"を加えたいと思います。
 ハイパーソニック。この言葉は、20kHzを超える超音波を人に暴露させると、気持ちがよくなりリラックスしα波が出る現象などの場合、超音波に対して用いるようです。"人に暴露させる"?。そう、超音波は人には聞こえないようです。
 しかし、(耳以外の感覚で感じるのか、)超音波を暴露させることによる効果も現にあるようです。音楽を聴くときに、音の大きさに比例して、(ハーモニーでなくてよいから)超音波を付加すればα波が出ることを確認した、という研究発表もあります。
 ということは、私が女性に語りかけるときに、声の大きさに合わせてハイパーソニック(超音波)を聞かせれば、いつのまにやら私の言葉を心地よく感じる。しかも、当の女性は超音波を聞かされていることに気がつかない、という可能性もあります。

 超音波暴露による人への影響に関する研究は、実験が難しいこともあって、まだまだ未知の領域です。私たちの知らない間に、超音波で心理をコントロールされてはたまりません。超音波暴露については、研究者の皆さんがプロジェクトを組み、数年間かけて研究されるようです(日本音響学会 超音波暴露調査研究委員会)。成果が楽しみです。

 私は結婚する前、ジャズライブのドラムのシンバルがジャンジャン叩かれる中で今の女房をクドイタのですが、ひょっとしたらハイパーソニック(超音波)の効き目があったのかもしれません。結婚後、(ライブに行かなくなったので)、私と一緒にいる女房からはα波が発信されていないようです。

資料:1)五代目・六代目笑福亭松鶴、上方落語、講談社、昭和62年
   2) 蘆原郁、桐生昭吾、"複合音中の超音波成分の近く及び広帯域信号聴取時の可聴周波数
    上限の測定"、日本音響学会誌55巻12号(1999),pp811-820
   3)齋藤光秋、山崎憲、堀田健治、音楽CDに人工超音波を付加した音が人間の生理に及ぼす
    影響に関する基礎的研究、音響学会講演論文集(2006.9)2-3-5,p44
   4)武山峯久、健保連大阪連合会のネット記事

 小話目次へ戻る
 トップページへ戻る

小話その29(池田の猪買い)[新年のご挨拶]
 亥年。猪。上方落語で猪と言えば、"池田の猪買い(いけだのししかい)"でしょう。この噺、タイラバヤシかヒラリンかと言う"平林"、いま何時か?と尋ねる"時うどん"とともにポピュラーな噺です。高校の落ち研でもよくやるネタです。しかし,"平林"や"時うどん"は同じような状況で噺が続くのに対し、"猪買い"は物語性が強く、常套句ともいうべき馴染み深いせりふがふんだんにあります。また登場人物も、主人公の例によって頼りない男、その男に物を教える甚兵衛さん、猟師の六太夫、その子・猪之(いの)ら、これらの人物の骨格がしっかりしていてよく出来た話です。
 この噺のあら筋は……。ある男、体が冷えるんやったら猪の身を食べたらよい、と甚兵衛さんに教えられ、池田の山猟師の六太夫さんへ行く。何やかんやがあって一緒に猪を射ちに行くが、……という噺ですが、馴染み深い台詞が沢山あります。

その1
  男が甚兵衛さんに池田への道順を確認する段。男"ここから難波へ出まして、(中略)
 
紀州街道を南ィ南ィ、(後略)。
 甚兵衛"オイオイ、そんなことしたらお前、和歌山の方へ行てしまうがな"。
  男 "和歌山から池田ィは行けまへんか"。
 甚兵衛"そんなもん行けるかいな"。
  男 "あ、さよか、和歌山の人は一生池田へは行けん"。
 甚兵衛"何を言うてんねん、阿保。(後略)"

その2
  甚兵衛さんが男に池田への道を教える段。
 甚兵衛"わしの家。これを出たら丼池(どぶいけ)筋、これをどんと北ィ突き当たる"。
  男 "イヒッ。でぼちん打つわ"。
 甚兵衛"べつにでぼちん打たいでもええ。まっすぐ行くことを突き当たるというねん。と、この
   丼池の北浜には橋がない"。
  男 "サヨサヨ、昔からない。いまだにない。これひとつの不思議"。
 甚兵衛"べつに不思議なことはない、橋はない川は渡れん、てなこと言うな"、…(後略)

その3
 男が池田へ着いて道を聞くの段。道を聞かれた男X"ああ六太夫のとこか。それやったら、向こうに、にゅうっと松の木が出て、ちらちら白壁が見えるじゃろ"。男"へえへえ、……。松の木と白壁は見えたけど、そのにゅうっとちらちらが見えん"。X"そんなもんが見えるかい……。"

 他々、このまま書き続けると、"池田の猪買い"の速記(桂小米(後の二代目枝雀))をそのまま写すことになるので後は省略。

 と、ここまで記して矢野誠一さんのご本を読むと、"ところが、米朝さんによると、「冷え気」というのは、むかしは性病一般に用いた言葉で、…(後略)"池田の猪買い"の主人公は、(中略)、淋病の治療薬を手にいれたいがために行くのである」とあります。へえ……。こんなことを35年前、高校の落ち研のメンバーは知っていたんやろか。

 まあ、そんなこんなで今年もボチボチやっていきます。

参考、1)佐竹昭広・三田純一編"上方落語上巻"(筑摩書房、昭和49年)
   2)矢野誠一、"落語長屋の四季の味"(文春文庫、2002年)

 小話目次へ戻る
 トップページへ戻る

小話その28(質屋蔵)[不思議音]
番頭「ほたら旦さん、なんですかいな、うちのあの三番蔵に、幽霊が出るとか、化け物が出るとか
  という噂、あらほんまやと、おっしゃるので」
旦那「あ、番頭どん、この質屋という商売、因果な商売じゃな」
 という出だしで、二代目桂枝雀さんの"質屋蔵"が始まります。
 で、気の弱い番頭どんと、も一人、喧嘩は強いが幽霊、化け物には弱いという手伝い(てったい)の熊はんの二人がその正体を調べるということになります。この後、どうなりますかは、、、、、、。
 噺の途中で、質屋は役に立つ結構な商売と思うが、人さんの恨みを買っているということが、ないとはいえんという例を旦さんが語ります。

 "…(前略)……長屋の嫁はんが帯を買うのに竹の筒へ穴あけたやつを柱へかけといて、余った銭を、それへ放り込んでいく。…(中略)…。八銭のおかずを六銭にして、二銭、竹の筒へコロコロストンや、…(中略)…と無理をして買った帯が質草になる、…(後略)…"

というくだりがあります。長々と、文庫本にして6頁にわたって説明するのです。バカバカしい大げさなたとえ話なのですが、また変にリアルで長屋の嫁さんがいじらしくなります。

 さて、"質屋蔵の幽霊・化け物"と"マンションの不思議音"。どちらも"幽霊の正体みたり枯れ尾花"で原因がわかってしまえば何ということはないのですが、わかるまでが大変です。
 マンションの不思議音。何か、ゴトゴト音がする。壊れるのじゃないか。欠陥じゃないか。気になって寝られない。、、、、。という具合に、マンションの不思議音は、建築音響の分野で最近話題になっているテーマです。
 ここでは不思議音の事例を問題形式にして紹介しましょう。

事例1の問い
 ○建物用途:集合住宅。○時期:春・秋の1日の最低気温、最高気温の差が大きいときに発生。
  午後、深夜〜早朝に多い。直接日射が当たると発生し始め、夕方まで続く。深夜は午前2時
  過ぎから発生し、午前4時〜5時に頻発。
 ○頻度:頻発。○音の性質:ドン、ゴン、コン、トン、カン、バシ、パキ、ピシ。……
 さて、なーんだ。

事例2の問い
 ○建物用途:集合住宅。○時期:春先。風の強い時に多い。○頻度:月に5回程度。
 ○音の性質:ブォーンブォーン。
……さて、なーんだ。

事例1の答え→サッシの熱伸縮、または、内装材の熱伸縮。
事例2の答え→テレビアンテナの風励振。

 判られましたか? 改めて、問題を読み直しますと、問題にヒントが書かれています。事例1では"温度差が大きいとき"、事例2では"風の強いとき"。実際の現場では、不思議音が容易に再現できません。問題に書いたような状況が把握できると問題解決までもう少しです。実際、事例2は我が家(一戸建て)でも発生しています。アンテナで発生した振動が固体音となって部屋全体から聞こえてきます。原因究明まで数ヶ月かかりました。

 自分の家でも時間がかかるので、住んでいない建物の調査は更に時間がかかります。2・3年かかると思ってよいと専門家の方から話を伺っています。最近も不思議音の発生原因を解明した方の話を聞きました。解決には建物の構造、物性の熱・風に対する物理変化、居住者の行動等について細心の注意を払う必要があります。時間と労力・費用がかかります。
 私のような独創性のない技術者が不思議音の調査をするときは、先人の書かれた報告・論文を参考にしています。ぴったしの事例を見つけた折りには、"どうだ"と言わんばかりに報告します。最初は信用されませんでしたが、結局"君の言うとおりだ"というのが何度かありました。先人に感謝するのみです。

参考、1)桂枝雀、桂枝雀爆笑コレクション5、ちくま文庫(筑摩書房、2006年)
   2)中澤真司、安岡博人、峯村敦雄、山内崇、"不思議音の発生事例と解決に役立つ言葉"、
   (社)日本騒音制御工学会研究発表会講演論文集、(2005.4)pp69-76

 小話目次へ戻る
 トップページへ戻る

小話その27(ぞろぞろ)[オノマトペ(擬音語・擬態語)]
 はやらない茶店の老夫婦が商売繁盛の願をかけたんですな。するとそのご利益か、売れ残っていたワラジが売れる。売れると下から新しいワラジがぞろぞろと際限なく出てくるんです。大繁盛。これをみた前の床屋の親方、自分もあやかるようにと願をかけまして、帰ってくると、おおぜいの客。親方、一生懸命かみそりをといで、研ぎすましたかみそりで、お客さんのひげをすうっとやると、あとから新しいのがゾロゾロ。

 江戸落語です。"ぞろぞろ"、おもしろい題です。
 ヒゲがぞろぞろ、売り場の帳面を筆先でドガチャカ、擬態語ですね。どろぼうが戸をベリバリボリ、これは擬音語です。落語にはこれら擬態語・擬音語、総称してオノマトペと称されるものがよく用いられます。
 野村雅昭という落語好きの学者さんがいらっしゃって、落語の研究をされているんですが、先生によれば、"オノマトペが噺の主題とむすびついたり、クスグリとしてつかわれていたりする例は決してすくなくない。ただし、東京落語ではそれが度をすぎることをいましめる空気があることは否定できない。その点に関しては、上方落語とはずいぶんちがいがあるようにおもわれる。"と記されています。代表選手として初代桂春団治さん、二代目桂枝雀さんを挙げておられます。確かに、このお二人の噺はガラゴロガラゴロなどと賑やかです。

 音があるところ音響学がある。高田正幸氏は擬音語の研究者です。以前、乗用車のドア閉め音の研究で、"どのようなドア閉め音が高級感を感じさせるのか"というのを発表しておられました。おもしろい研究ですね。さてここでは、氏のレーザープリンタや複写機の操作音についての研究をご紹介いたします。

 (1) 「キィーイ」や「ギィー」といった金属的な擦れ音は不快な、安っぽい、壊れそうなと
   評価される。
 (2) 「ガン」「ガチャン」「バタン」などは不快な印象を与える。
 (3) 「ヒュオー カタン」「ヒューン バン」などは心地よく、かつ高級そうなと評価される。
 (4) 「ボン」「ドン」などは丈夫な印象と評価される。
 (5) 「シュタリァリァン」「シュガララーン」などは壊れそうなと評価される。

 おもしろいですねえ。実用的な観点からは、擬音語が問題となる箇所の状態などの判断するのに有効な情報を提供する、、、と記されています。
 擬音語から音源を推定する、これは現在、マンションで問題になる不思議な音の音源の推定に使われています。次回はこの"不思議音"について考えたいと思います。

参考、1)野村雅昭、落語のレトリック、平凡社選書165(平凡社、1996年)
   2)高田正幸、"擬音語を利用した音質評価−「ドタン」「バタン」から何が分かる?−"、
    騒音制御26巻1号(2002)pp30-33

 小話目次へ戻る
 トップページへ戻る

小話その26(相撲場風景)[音楽ホールの浮き雲・キャノピー]
 満員の相撲場、おっちゃんガタガタふるえておりまして、

○"あのーおたく体の具合でも悪いんでっか?"
×"はーわたし小便がしとうて泣いてまんねん"
○"それやったら行ってきなはれ"
×"あんたはあっさり言いまっけど、きょうはこの通り大入満員でっしゃっろ、わたしが便所へ
  いった間に、場所とられたらあかんとおもて五時間半も辛抱してまんね"
○"よーがんばりましたな、となりに座ったのも何かの縁ですわ、私があんたの場所見ててあげる
  からいってきなはれ"
×"おことばは誠にありがたいんですが、その言葉もうちょっと早よほしかった、今の場合
  ちょっとでも体動かすのん不可能やと思いまんね、ちょっと油断したら先の方からチョロ
  チョロ皆さんには誠にごめいわくですがボチボチこの辺で…"
○"まったまったあきまへんで、あっええことがおますわ、わたしにまかしなはれ"
×"ど、どないしまんね?"
○"この一升ビン使いなはれ、酔っぱらいのおっさんが空にしてグーグーいびきかいて寝て
  ますわ、これ借りときなはれ"
×"あのーこのビンにて、わたしのパイプとあいまっしゃろか?"
○"しらんがな、あんたの見たことないのに早よしなはれ"
  ポコン!
×"まるであつらえたみたいですわ、みみずもかえるもみなごめん!"
…(中略)…満タンにして一升瓶返したその時に酔っぱらいが目を覚まして…(後略)…

 如何にも、上方落語らしい落語のそのまた上方落語らしいところの抜き書きです。私たちの世代では六代目笑福亭松鶴さんの噺をよく聞いたものです。

 さて、現在、国技館には四方の柱がありませんが、最初の蔵前の国技館が出来たときには屋内やから土俵の屋根もいらんやろ、と取っ払ったところ、土俵上の呼び出しさんの声が聞こえにくいので屋根を吊ることにした、と永六輔さんが話しておられました。
 この話、室内音響をかじった人なら、"浮き雲(キャノピー)"という言葉を連想するでしょう。そう、浮き雲、天蓋、キャノピー。ホールの客席の上、天井との間に漂っている板状のものです。
 "浮き雲"の話を続ける前に、ちょっとここで音響学者ベラネクさんの"オーケストラ演奏による評価尺度"の一部を紹介します。

(1) 初期反射音の直接音からの遅れが短いほどよい
(2) 残響時間は音楽の種類によって適切な時間があり、長くても短くてもダメ。
(3) 低い周波数(125,250Hz)の残響時間は500,1000Hzに比べ1.2倍程度がよい。
(4) 直接音が小さいとダメ。
(5) 残響音の大きさは残響時間と室容積によって適切な時間があり、大きくても小さくてもダメ。

 ホールの天井が高いと室容積が大きくなり、音波が空中を漂う時間が長くなり残響時間が長くできます。ですから、残響時間を(500Hzで)2秒にしたいときなど有効な手であります。
 しかし、ホールの天井が高いと上記の(1)と(4)に悪影響を与えます。反射音の遅れ時間が30〜50m秒以下であれば直接音を補強する効果があり、むしろ望ましい((4)参照)のですが、その時間を超えるとエコーを感じると((1)参照)いわれています。
 このため、客席への初期反射音を早くして、しかも室容積は変わらないので残響時間は長くとれる、という効果のために天井と客席の間に反射板を浮かせています。これが"浮き雲"です。一度、どこかのホールで見られたことでしょう。

 さて、現在の国技館では音の通りをもっとよくするために電気による拡声システムが用いられています。分散スピーカによる音像定位システムを使用しています。どういうことかというと、"分散スピーカ毎に音だしのタイミングを遅くする(音響遅延)操作や、音量を微妙に変える(音量操作)により、あたかも天井スピーカがないように感じるほど、話者方向に音像定位しています。"ということです。最近はオペラハウスにも電気音響による拡声(PA)が導入されていますが、聞こえを自然にする、という技術はどんどん進化しています。

 今から40年前の大阪市内の小学校では学校対抗相撲大会がありました。"投げ"はダメで"押す"、"寄る"主体の相撲でした。私も学校も負けました。懐かしい想い出です。

参考、1)桂文福"丸い土俵と四角い座ぶとん"浪速社、大阪、昭和63年、pp51-52
   2)前川純一、"建築・環境音響学"(1990,共立出版)p72
   3)鹿島建設株式会社ホームページ

 小話目次へ戻る
 トップページへ戻る

小話その25(寝床)[耳栓]
 この噺の主人公の旦さん、借家もある大店の主人でもあります。さらに頭の聡明な、人の気持ちのよくわかる、人の道も踏まえた、まことに結構な、よく物わかりのある結構なお人。ただ、厄介なのは浄瑠璃が大好きで、しかも無茶苦茶へたくそなのに無理矢理人に聞かせます。このところは丁度ドラエモンのジャイヤン。今日も、酒肴を用意して、三味線にはおっしょさんを招いて浄瑠璃の会を開く予定です。
 迷惑なのは周りの人々。町内を回ってきた久七が言うに、"提灯屋も豆腐屋も行きたいのはヤマヤマなれど、丁度徹夜せねばならん程の注文が入ってきた。、、、。聞かしていただきたいのは山々なんではございますけれども、商いを放ってまでとはいうわけにもいきませず、涙を飲んで、ま、この度だけは、まことに申し訳ないことではあるけれども、残念であるけれども、えー、というようなことで、っていうようなことでございますね。えー、おいでになりません。"とまあ、この調子で、金物屋の佐助も来ない、甚兵衛さんも来ない、森田の息子も来ない、手伝いの又兵衛も来ない、裏長屋も全員来ない。じゃ、店の者はというと皆身体の調子が悪く聞けない。
 旦「久七、お前さんはどうや」 久「(のけぞって)うぇっ!」
 というあたりで旦那は真実を知り、"もーお今日から生涯私は浄瑠璃を語るものか、、、町内廻ってこい、すぐに家空けてくれって、、、、店の者も今日限り、暇出しますで、今晩中に荷物をまとめて親元へ引き取ってくれ、、、、"
とだだっ子同然となります。このまま放っておいては大変やと町内、店のものが旦那をなだめすかして浄瑠璃を語ってもらいます。

 この噺、この後、旦那が一心不乱に浄瑠璃を唸っているのを背景音に店子・番頭などがワーワー酒を飲みながら騒いで寝てしまう情景が演じられるのですがその中に今回のテーマである"耳栓"が出てきます。
 枝雀さんの演出では耳栓は用意するだけなのですが、初代春団治さんの演出では耳栓をする、というような違いがこの噺をまとめるにあたり気がつきましたが、それはさておき、、。

 耳栓で想い出しますのは、先日のトリノオリンピック女子フィギアで出番を待っている荒川静香選手が先に演じているコーエン選手には目も向けず、ヘッドホンで音楽を聴いていました。自分のベストを尽くすために観衆の声が聞こえないようにしていたとのことです。精神的に落ち着いていることが金メダルに結びついたのでしょう。
 荒川選手が使用していましたヘッドホン、実は私も同じ物を持っています。へへっ、私もなにやら金メダルではありませんが、少しエラクなったような気がしました。単純だね。
 さてこのヘッドホン、音楽を聴くヘッドホンでもあるのですが、外部の騒音に対し逆位相の音を出して外部の騒音を打ち消してしまう効果もある優れものです。音楽を聴かないときは耳栓としても使えます。先日はチェーン・ソーを使っているときに使用したらグーでした。
 この商品のメーカーはBOSEでして畏友 栗山譲二さんが勤務していますので、栗山さんと彼の同僚矢島秀樹さんにいろいろお聞きしました。お聞きした話を参考にして以下に記します。

 このヘッドホンの名称はメーカーによって違うようですが、一般には"ノイズキャンセリング・ヘッドホン"と呼ばれることが多いようです。
 ノイズキャンセリングの研究自体は昔から行われているようで、BOSEでは1985年にアメリカ空軍にて評価テストを受けています。ノイズキャンセリング(能動騒音制御ANC)は道路交通騒音対策の分野で実用的になってまだ10年にもなりませんが、それに比べると随分早いように思われます。これはヘッドホン(兼スピーカ)と鼓膜間のほぼ一次元的な音場を考えればよいので研究しやすかったのかもしれません。
 ノイズキャンセリング・ヘッドホンのメーカーはBOSEだけでなく、ソニー、パナソニック、アイワ、ゼンハイザー(独)、シェア(米)があるようです。
 ノイズキャンセリング・ヘッドホンの効用としては歯医者さんでも使われる他、自閉症の子がこのヘッドホンの使用により外出が可能になったとの話もあるとのことです。

 落語のオチは、唯一人寝そびれた丁稚の「私の寝るところが、旦さん、ちょうど床(ゆか)になっとりまんねん」となっています。
 寝床の"床"を"とこ"と読みますと"寝るために設ける所(広辞苑)"ですが、"ゆか"と読みますと"劇場などで太夫が浄瑠璃を語る高座(同)"となっています。うまくできています。

参考 1)桂枝雀爆笑コレクションT(ちくま文庫、2005)pp333-382
   2)東使英夫編、初代桂春団治落語集(講談社、2004)pp119-125

 小話目次へ戻る
 トップページへ戻る

小話その24(圓生百席)[録音技術]
 六代目三遊亭圓生さん。30年程前の福岡で学生だった私は圓生さんの高座を聞いたことがあります。名人です。
 圓生さんが残された録音に"圓生百席"というのがあります。

 (1)"松葉屋瀬川"、"梅若禮三郎"、"真景累ケ淵"などの人情話・怪談話が多く含まれている。
  日頃、上方の滑稽な落語に親しんでいる私にはこの方面の落語は馴染みが少ない。
 (2)"圓生百席"はスタジオ録音である。圓生さんの声だけがスピーカから流れ圓生さんの芸を
  一対一で聞くことになる。

 圓生さんの芸にはスキがありません。怪談話といっても、クスグリがあるのですが、"スキのないクスグリ"を一対一で聞きましてもなかなか笑うということにはなりません。単なる落語好きにはちょっと重いシリーズです。

 さて、録音に力を入れる芸術家には圓生さんだけでなく、多くの方がいらっしゃいます。
 録音技術はデジタル技術の進歩とともに大きく発展しています。最近録音された交響曲を聞いていますと個々の楽器のメロディラインが鮮やかに浮かび上がっています。時代の進歩はえらいものです。
 私の青春時代には音楽を録音するということが流行っていました。エアーチェックといってFM放送で流れる好きな音楽を録音していました。私は音響工学を専攻したのですが、同級生には何人か音楽ミキサーを目指していた人がいました。今回はその一人、畏友藤田厚生さんから伺った生録の方法についてお話ししましょう。
 以下、"無指向性マイクロフォンを二つ使って良好なステレオ録音をする"ということをテーマにしています。以下、藤田さんの話の受け売りです。

 (1) 最近のテレビ番組の取材部分のほとんどはハンディカムの内蔵マイクで収録されたものを
  使用していますのでビデオカメラで録音すればそれなりにステレオの効果がでます。
 (2) 一番の敵は風と雨です。風にはウィンドスクリーンを使用します。そうしないとボコボコ
  といったノイズを出したりひずみの原因になります。雨が降っている場合は機材が壊れる
  ので録音は止めます、
 (3) 位置。音源に対して正三角形の頂点付近にマイクロフォンを設置します。但し、使用する
  マイクが無指向性の場合は人間の左右の耳の間隔より狭くするとよい結果は得られないよう
  です。また、直接音と反射音のバランスを考える必要があるので音源に近い場合は2本の
  マイクの間隔は狭く、音源から離れるに従って間隔は広くします。
 (4) マイク手に持つとその振動がマイクに伝わるので必ずマイクスタンドなりで固定します。
 (5) 録音した音を再生して確認することは大事ですが、ヘッドフォンでステレオ効果がある
  ように聞こえてもスピーカで聴くとそれほどでもないことが多いので十分注意します。
 (6) 録音中にスタッフは絶対にしゃべらないこと。

 音楽を録音することと騒音を録音することはかなり共通するようです。
 藤田厚生さんは現在"エフ"(HOMEPAGE:http://www.f-inc.jp/)という会社を経営しています。

 小話目次へ戻る
 トップページへ戻る

小話その23(鴻池の犬)[新年のご挨拶]
戌年にちなみまして、上方噺から犬のお話を、、、、今回は音の話ではありません。
 
 大阪南本町のある朝、商家の表に三匹の犬が捨てられておりますのを丁稚が可哀想や、というんでご主人に頼んで飼われることになりました。暫くするとこのうちの真っ黒な犬、クロが鴻池家の目にとまりました。鴻池家と言えば大阪一の金満家。立派な引き出物と引き替えにもらわれて行きます。
 数年経つうちに、クロはええもんばかり食べてまっさかい強い強い犬になり船場の犬の大将になったんですな。犬の間のもめごと、喧嘩の仲裁、なんでも"鴻池のクロにいうたら、、、"というぐらいの顔役になりましたんですが、、、、。
 ある日のこと、やせこけて毛の抜けた見すぼらしい犬が歩いておりまして、近所の犬が"オイ、どこのノラや、挨拶もせんと通ってけつかる。ワン力でいったれ!"といじめるんですが、これをクロが助けて話を聴くと、
 "上の兄さんは鴻池さんへもらわれ、残った兄さんは車に轢かれて死にましてん。わては悪い友達が出来て拾い食いやら盗み食いを覚えたら、バチが当たって毛が抜けて、捨てられてしもた。今は流れ流れて今宮に落ち着いておりますねん"。
 そう、なんと弟。涙の対面です。"かわいそうやなあ。えらい痩せてしもて"そこへご主人の声で"コイコイコイ""わしを呼んでなはる。ちょっと待っとれ。ええもん、持ってきたるわ"と去って行って暫くしてタイの浜焼きを持って帰ってくる。また、"コイコイコイ"。今度は、鰻巻き(うまき)。また、"コイコイコイ"。飛んでいった大将、今度はしおしおと尾を下げて帰ってきまして、弟が"兄さん、今度は何くれはりました"。"なんにもくれはらへん。ボン(息子)におしっこさしてはったんや"

 かつての大阪では子供に小便をさせるときに、シーコイコイコイ、と言ってました(私もそれで育ったように思います)。
 同じ兄弟でも人生の歩み方によって違ってくる。三国志の曹操の息子・曹植の"七歩の詩"、"豆を煮るに豆ガラを燃やす。豆は釜中にありて泣く。本(もと)是れ同根より生ずるに、相煎(に)ること何ぞはなはだ急なる"を想い出す噺です。

 私の場合、実感するのは大学の同級生でしょう。音響工学を学んだ同級生30人、学校出てからほぼ30年。それぞれの能力、それぞれの家庭環境によってさまざまな人生を歩んでいます。家電メーカー等の社員・研究者、故郷の公務員・商店経営、ソフト開発エンジニヤ等々。モラトリアムの私はずるずる大学のゼミと同じ騒音の仕事をしています。
 ときどき、音響学会の会合に出ることがあり、有名な先生とお話しをしておりまして話の流れで、"私は○○の△△と同級生なんです"といいますと、聞かれた先生は"ウソッ、あの優秀な人と君とが同級生?"という驚きの顔をされます。私の心にはおかしみと哀しみが交錯します。
 しかしまあ、落語のうらぶれた犬も自分の人生を一生懸命生きているのであり、私何ぞもまあ自分なりに生きているので、まあ、良しとしよう、と思う今日このごろです。
 ○○の△△君と私の人生を分けたもの? 私は運と思いたい。

参考 桂米朝、"米朝ばなし"(昭和56年、毎日新聞社)pp80-82

 小話目次へ戻る
 トップページへ戻る

小話その22(浮き世根問い)[字源]
 熊 「嫁入りというのはどういうわけだ。女入りとか、娘入りでもいいじゃないか」
 隠居「男の目が二つ、女の目は二つ、両方合わせるから四目入りだ」
 熊 「それじゃ男が森の石松だったら三目入りっていうんですかい」
 隠居「そういう決まりだ」

 長屋の暇人がご隠居・大家にものごとを根掘り葉掘り聞く噺。根問い物と言われるジャンルです。 私もご隠居よろしく漢字の由来を語ってみましょう。参考にしたのは白川静さんの著書です。"親"という漢字は"木の上に立って(子供を)見ているから親という字になるんだ"というのはガセネタで、白川さんによると"見ているのは子供で見ている対象は真新しい位牌、だから親"ということです。"道"とは恐るべき字で、異族の首を携えてゆくことを意味している、ということです。
 うーん。古代(中国)の人の世界が見えてくるような気がします。
では、"音"、"響"、騒音(噪音)の"騒"、"噪"はどうか。

 音:第一画が"一"で、第二画以降が"言"の組み合わせ。神に誓い祈る祝詞を入れた器(言)に
  神が反応するときは、夜中の静かなとき音を立てる。その音のひびきを器に横線の一を書い
  て示され、音の字となる。それで、音は「おと」の意味となる。
 響:"郷"は食物を盛る器をはさんで二人が座り宴会をする形で、相むかって共鳴する音を"響"
  という。
 騒:蚤にかまれて馬がさわぐ。
 噪:漢字の右側の旁(つくり)は、祝詞を入れた器を木につけ神に祈ること。そのさわがしく
  祈りたてる声を"噪"という。

 "騒"の由来は以前にも聞いたことがありますが、"木の上に立って見るから親"と違ってこちらは○。他の三文字には、古代人の生活の一端が見えてくるようです。"響"→"共鳴する宴会"、いいですね。音響の世界に踏み込んで三十年、ますます響きたいと思います。

 さて、根問い物の落語、生半可な知識をひけらかすご隠居をちゃかすところがこの種の噺のミソです。このような落語を聴くにつけ、私は"ご隠居のように生半可な音響学をもてあそぶのではなく、実際に騒音被害のない世の中にする"ということを心がけなければいかん、と思っております。

参考、1)立川志の輔選・監修、古典落語100席、PHP研究所、1992年
   2)白川静、漢字百話、中央公論新社、1978年
   3)白川静、常用字解、平凡社、2003年

 小話目次へ戻る
 トップページへ戻る

小話その21(たがや)[インパルス性低周波音]
 "両国の川開きがはじまったのは、享保18年だということをうかがいましたが、毎年5月の28日がその当日で。川開きになりますと、花火。この花火を見ようというんで、江戸中の人が集まりましたものです。…(中略)…二軒の花火屋さんに技をきそわせまして以来、玉屋と鍵屋の受持ちということになったようです。
「橋の上玉屋玉屋の人の声 なぜか鍵屋といわぬ情(錠)なし」
なんてことをいって、どういうもんですか、あまり鍵屋さんのほうはほめませんで、もっぱら玉屋さんをほめます。この花火をほめますのも、コツがありまして、ズドンとあがって、上で開いてから、シュウと落ちるまでの合間で、
「たまやァッ……い」
とやるのがいいんだなんてことを申します。
 さて川開きの当日、橋の上はたいへんな人で、身動きひとつできぬさわぎ。"
と、落語"たがや"ははじまります。

 人にぎわいの中、供を連れた侍が乱暴にも馬に乗ってきます。ちょうどこの時、反対側からやって来たのがたが屋さん。「寄れ、寄れいッ」といわれましても、人の多いところへもってきて、大きな道具箱をかついでいます、供の侍がたが屋さんの胸をついたはずみで道具箱を落っことして、中から商売道具のたがが、ぽォんととび出しますと、馬上の侍の笠の縁にかかって、笠がすっぽりとはがれてしまった。
 さあ、侍は怒った。「屋敷へまいれ」と、連れて帰って首を刎(は)ねてしまおうとするが、たが屋さん、それだけはご勘弁。周りの人も「許してやれッ! 犬侍! いばるな!」とおおさわぎ。
 供の侍が斬りつけるが反対にたが屋さんに刀を取られて切られる。最後には馬上の侍の番。槍を突くが、たが屋さんに捕まれる。侍、しかたがないので刀の柄へ手をかけようというところ、たが屋さん、片足を相手にかけると、とびあがるようにして刀を、「ええいッ」 侍の首が宙天にぽおゥン…… まわりにいた見物人が、思わず、
「たがやァ……い」
 落語の5月28日は旧暦でして、新暦で言いますと今年は7月4日でしょうか。

 花火と申しますと、今から20年以上も前に神戸にある事務所に勤めておりました夏の夜、近くのポートアイランドで花火大会がありました。そのとき、私は花火の音を聞きながら仕事をしていたのを想い出します。事務所のあるビルの4階の窓ガラスを通して花火を見ようと思えば見えたのですが、何せ、20代半ばで仕事に燃えていましたし、上司もいましたので、手を休めるわけにはいきませんでした。今から思えばもったいないことをしました。

 遠くで花火がパッと開いて、暫くしてからドンと聞こえます。光速と音速の速さの違いを実感するのは雷と同じなのですが、情緒が全然違います。ドン。いいですねえ。
 しかし、このドン、発破の音だったら俄然、低周波音の問題が出てきます。
 黒田氏は"爆薬・砲撃・発破からのインパルス性低周波音は、火薬類の燃焼や爆発によって生じる。燃焼や爆発による音は、急激に発生した反応生成ガスの膨張、高いガス圧力の急速な移動などによって生じる。"と記されています。うーむ。難しい。
 低周波音の発生には爆発の他に、平板の振動(代表的な機械として"振動ふるい"、以下同)、気流の振動(ディーゼル機関)、燃焼に関連(ボイラ)、気流の乱れに起因(ジェットエンジン)、回転翼が空気に与える衝撃(風力発電装置)、その他(送風機)があります。

 の基本的な法則に質量則というのがあります。(1)厚い壁は遮音性能がよく、薄い壁は遮音性能が悪い。(2)高い音は遮音がしやすく、低い音は遮音がしにくい。
 従って、ひじょうに低い音である低周波音の対策はなかなか難しく、防音工事をしても騒音のようになかなか効果がありません。周波数が8Hz以下ではほとんど遮音効果が期待できないようです。空中で花開く花火を対象に低周波音苦情が出たら対策の施しようが無いでしょう。

 おしまいになりますが、大阪府で環境に携わっておられる厚井氏は"騒音対策を行った高速道路で、かえって低周波音が気になるようになったとか…(後略…"と書いておられます。確かに、家を新築にして(遮音性能がよくなって)から低周波音の苦情が発生した、ということがありました。低周波音問題の難しい側面を感じた次第です。

参考、1)江國滋、大西信行、永井啓夫、矢野誠一、三田純一編、"古典落語体系 第五巻"
   (三一書房、1969)
   2)黒田英司、"爆薬・砲撃・発破と低周波音"、騒音制御23巻5号(1999)pp334-338
   3)環境省、"低周波音問題対応"、平成16年6月
   4)落合博明、牧野康一、"低周波音の家屋内外レベル差の測定例"、音響学会騒音・振動
    研究会資料N-2004-37(2004)
   5)厚井弘志、"Q&A"、騒音制御25巻4号(2001)

 小話目次へ戻る
 トップページへ戻る